私たちの正体は「たった一つの想念(そうねん)」
私は過去に達成できなかったことを思い出して、
何々が原因で出来なかったと、憎悪(ぞうお)に囚われる(とらわれる)ことがある。

しかし頭の中のスクリーンに映し出された人物を憎悪することは、自分自身の心を呪うことです。

なぜなら私たちの正体は「たった一つの想念(そうねん)」だからです。

私たちが想念において一つに繋がって(つながって)いるのなら、
私が憎悪する対象に、私とあなたという区別は無いはずです。

頭の中のスクリーンにイメージされた人物を赦す(ゆるす)ことは、
すなわち自分自身を赦すことです。

『赦した者と、赦された者、同じ光を分け合って』

このことが私たちが想念において一体(いったい)であるという、
私たちの絆(きずな)の実在性(じつざいせい)を証明するだろう。

私たちは自分の頭の中のスクリーンに映し出されて知覚したものを世界とする。

私には過去の病気のトラウマがあり、
時折り(ときおり)、頭の中のスクリーンに映し出された過去のイメージを憎悪(ぞうお)する。

しかし、頭の中に想起(そうき)したイメージを憎悪することは、
すなわち私の世界と、私自身を憎悪することです。

知覚している世界とは、自分自身の心を映し出す鏡なのです。
誰かを憎めば、私の世界と私自身の心が呪われる(のろわれる)ことは避けられない。

もし、あなたが頭の中のスクリーンに映し出されたイメージを憎悪することを手放せば、
あなたの見ている世界から罪と苦痛が消えていくことに気付くだろう。

「世界から罪が消えていく
身体の痛みが消えるんだ...」
  • エンジェル・ダスト
  • 2024/12/08 (Sun) 02:38:36
赦す(ゆるす)ことで憎悪を手放す
口に出さなくとも、頭の中のスクリーンに映し出された誰かを憎悪して、
悪く思ったり心の中で批判することは投影(とうえい)である。

投影とは、
無意識の「心の闇」である憎悪が自分の頭の中のスクリーンに映し出されて、
イメージされた他者をそこで憎んで、
悪口を思い浮かべたり批判的に考えて心理的に攻撃することで、
心の闇から来る不快感を自分の中から除去できたと思い込むことです。

無意識の「心の闇」が疼いて(うずいて)精神的にストレスを感じると余裕が無くなり、
心の中で他人を悪く言ったり、人と話す時に言い方がキツクなったり、苦情を訴えて他人を圧迫攻撃するのは、
憎悪が頭の中のスクリーンに投影されているからです。

投影を止めるには、頭の中のスクリーンに憎悪がイメージされた時に、
心の中で他者を悪く思うことで攻撃するのではなく、赦し(ゆるし)を選択することです。

私たちの真の正体は「たった一つの想念(そうねん)」であり、
頭の中のスクリーンに映し出されたイメージも想念としての自分自身の一部なのです。
したがって憎悪のイメージを持って、
他者を心の中で攻撃することは自傷行為(じしょうこうい)であり精神疾患です。

私たちは想念として一つなのだから他人を赦す(ゆるす)ことは自分自身を赦すことです。
これが真にフェア(公平)な考え方です。
  • エンジェル・ダスト
  • MAIL
  • 2024/12/12 (Thu) 02:56:59
私の一部(part of me)
私には病気の過去のトラウマがある。
私がトラウマを思い出す時、反射的に自分を庇う(かばう)ために、自分が苦しいのを人のせいにする。
この苦痛の責任は私にはない、相手が処罰されるべきで、私は救われるべきだと。
私は自分を庇うために他者を憎むのだが、それは逆効果であり、私自身を傷つける。

私が考えることは全て、私の心の一部となる。
私は私の心の中でしか考えることができない。
私が誰かを憎む時、それも「私の一部(part of me)」となる。
従って(したがって)その憎しみは私自身である。
私は自分自身に影響を与えずに他者を憎むことはできない。

これが想念(そうねん)の性質です。
心の中で愛したり憎んだりする対象(たいしょう)に、私やあなたという区別はなく、
私たちの正体は「たった一つの想念」なのです。

従って心の中で相手を赦す(ゆるす)ことは私自身に赦しをもたらす。
もう自分を憎まなくてもいいのです。
  • エンジェル・ダスト
  • MAIL
  • 2024/12/14 (Sat) 02:36:30
Perfect feeling(完璧な気分)
私は私の誹謗中傷のネット掲示板を見て気分が損なわれる(そこなわれる)ことがある。

しかし気分が損なわれた原因のように見えているネット掲示板を見る直前に、
「何かが先行していた」はずである。

それは「私には何かとても大切なものが欠けている」、という心の欠乏(けつぼう)の感覚である。

私は心の内側で欠乏を感じ取りその直後、
不安と恐れの感覚が生じて、誹謗中傷のネット掲示板を見て、気分が損なわれたと感じるのです。

しかし真の問題は掲示板にはない。
心の内側で欠乏の感覚が選択されていることが、私の気分が損なわれる原因なのです。

心の内側で欠乏感が選択されていることが気分を損なうように、
「Perfect feeling(完璧な気分)」は、心の内側で「たった一つの生命(いのち)」である光を感じ取ることで達成される。

この光が私たちの「心の闇」を消し去ってくれ、悪夢から目覚めることを可能にするだろう。
  • エンジェル・ダスト
  • MAIL
  • 2024/12/21 (Sat) 06:33:18

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