かつて私たちの遥かなる故郷である天国で、神は神が創造したままの神の子に「すべてを授けていた」。
だがある時、神が創造したままの神の子「以上」になりたいという、小さな狂った考えが神の子の心に生じた。
こうして私たちは神が創造したままのオリジナルの神の子ではなくなり、個人という自我となった。
神から与えられたものは「永遠」「不変」「完璧」である。
自我は「それ以上の何か」とされる『特別性』を欲する。
しかしその『特別性』の正体は「変化」であり「劣化」に過ぎない。
例えば「5年前に○○の株を買っていれば今頃お金持ちになれていたのになぁ」というのも自我の『特別性』の夢である。
「お前にもチャンスがあった。もっと貪欲だったなら大金という栄光が手に入ったのに、リスクを冒す度胸がないからだ」と。
かくかくしかじかの夢が叶えば神が創造したままのオリジナルの神の子の「state of mind(心の状態)」を超えることができる、という願望。
これがこの世界で夢を叶える、という『特別性』の正体です。
しかしその『特別性』は究極的には不可能なことを願う心である。
つまり「ないものねだり」である。
私たち全員が神から授かり共有している『たった一つの生命(いのち)』こそが本当に「欲しいものすべて」である。
私たちは自分の心をそれとシンクロ(同期)させて、
神が創造したままの神の子の「オリジナルの心」と融合し一つになることができる。
そして私たちはREVIVER(復活する者)となる。
【ないものねだり】
- エンジェル・ダスト
- 2025/08/19 (Tue) 08:16:15